I-Play Fes いわき演劇まつり

福島の現在

昨日、この記事を読みました。


「寄稿 ふくしまは今、どんな状況なのか 若手世代が内側からみつめて 」

http://www.47news.jp/47gj/furusato/2012/12/post-886.html?fb_action_ids=508533142519882&fb_action_types=og.likes&fb_source=timeline_og&action_object_map=%7B%22508533142519882%22%3A186423458171075%7D&action_type_map=%7B%22508533142519882%22%3A%22og.likes%22%7D&action_ref_map=[]

今の福島の状況を把握するのにとても良い記事だと思いました。

多くの人が感じていることを、ちゃんと言葉にしてあるなと思いました。

多くの人が感じているのに、ではなぜそれをみんな語らないのか、という問題があります。
私もそこについて言葉で概説したくないと思っているし、
言葉で説明することはとても困難なことだと思っています。

それは一人一人の生活に根ざした思惑があって、
とても個別的で多様だということと
誰かの言うことが誰かを傷つけることになるな、と思うからです。


私は言葉で語ることはしてきませんでしたが、演劇で表現してきました。

そうしてやはり誰かを傷つけたり、こちらも傷ついたりしてきました。
その傷が生々しいだけに、できるだけ平静を装い、誤魔化し、
そのことによって生じた傷に触れたくないとも思ってきました。

この平静を装ってる感じ、これが福島の今の一つです。


表現することで傷つきあう。
思えばそれは、福島に限ったことではありません。
なんらか自分たちに根ざしたことを露呈すれば、当然の帰結だと思います。
それを引き受けることは膨大なエネルギーを要するのだな、
ということも日々実感しています。

けれども今の私には演劇が必要だし、
それでしか表現ができないものがあると感じています。


大分ネガティブなことを書いてしまいましたが、
表現することによって伝わることや、自分自身に向き合ってもたらされることは
私一人の感覚では計り知れないほど大きなものがあると思います。

人生にとって何がプラスになって何がマイナスになるかなんて、わかりません。
苦しいのだから何もしないことがいいのかもしれないし、
苦しいけれども何かをすることがいいのかもしれない。
苦しいことがない方がいいのかもしれないし、
苦しいことがあった方がいいのかもしれない。


お正月で時間があるのに任せて、私感を書きました。

これも一つの福島の感じ方だと自分に言い聞かせて、
このブログをアップします。
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by mcmckokoro | 2013-01-01 20:11 | I-Play Fes